▲山へ行こう Yuji.W

▲残雪の奥穂高岳060504▲


奥穂高岳山頂から槍ヶ岳 2006/5/06 朝6:40頃

☆概要☆

■ 残雪の槍ヶ岳には登った。今回は、残雪の奥穂高岳へ。

[ 日時 ] 2006/5/04(木)-6(土)

[ コース・タイム ]
<1日目> 上高地1430-1745横尾山荘

<2日目> 横尾545-905涸沢ヒュッテ950-1500穂高岳山荘

<3日目> 白出コル600-637奥穂高岳648-726白出コル740-820涸沢ヒュッテ850-1030横尾1100-1425小梨平 

[ 天候 ] 3日とも快晴

[ 服装 ] 下着+シャツ。奥穂高岳アタック時と夜、フリースを着た。

[ 装備 ] 40リットルザック(ミネルバ)全部で10kg、重登山靴、アイゼン、ピッケル

[ 交通 行き ] 新宿730-[さわやか信州号]-<渋滞>-1405上高地

[ 交通 帰り ] 上高地1600-[さわやか信州号]-2055新宿

☆1日目☆

■ 12時過ぎ到着予定が、14時着。横尾まで行きたい。

観光客多数。公営の食堂が満員だったので、おやき2つで昼食。

横尾山荘に携帯をかけたら通じた。予約と、18時頃到着することを伝えた。

1430発。河童橋を過ぎ、小梨平のテント場を抜け、観光客と共に、森の中を歩く。道に雪はない。脇の森の中は50cmぐらいの残雪。

1510明神。1520発。

1610徳沢。50張りほどのテント。軽い目眩。長距離バスの疲れか。横尾まではたどり着きたい。1640発。

夏道から、河原の上の残雪の道へ。少し薄暗くなってきた。サルが一匹河原を歩いていた。20mくらい離れてすれ違った。

軽い目眩は直らない。ここで倒れたら、翌朝までだれにも気づかれないだろうな。

1745横尾。テント多数。0℃。受付をすませ、部屋の夜行列車のベッドのようなスペースに倒れ込んだ。横になっていたら、少し回復した。夕食、フロ。

横尾山荘は、お風呂もトイレもとてもきれい。旅館と変わらない。夕食も、旅館のようなメニュー。30人くらい泊まったようだ。

☆2日目☆

■ 545横尾発。晴れ、風なし。

夏道を離れ、河原の上を歩く。

その後、沢がほとんど雪に覆われていて、その上を歩く。

小屋のスタッフらしき人とすれ違う。この先、崩落しているので、夏道に戻って下さいと言われた。戻る道がわからず、沢の道を歩き続ける。

本谷橋まで来る。通行禁止のロープが張られていた。私は今歩いて来たのだけれど。橋は雪の下。

雪崩の後が多数。

720本谷出合。多くの人がいた。アイゼンを着けた。着けなくてもよかったけど。735発。

涸沢はすべて雪の下。岩も、木々も、沢も、雪の下。夏道より歩きやすい。

北向きの道が西よりに向きを変えると、穂高連峰が見えて来る。残雪期の穂高は初めて。

905涸沢ヒュッテ。テント60張りぐらい。ヒュッテも厚い雪の下。掘り出すのは大変な重労働だっただろう。おでん、おいしかった。

穂高岳山荘に行くことにした。夏なら3時間弱、今日はどれぐらいかかるのだろう。950涸沢ヒュッテ発。

晴れ、風弱。絶好のコンディション。雪は、多少柔らかくなっているかな。標高差700mほどの雪壁登りが始まる。

1130ザイテングラートの取り付き。ここまで1時間40分。まだ余裕があった。涸沢ヒュッテとテント村がすぐ下に見える。休憩なしで登る。

標高3000mに近くなり空気が薄くなってきた。既に6時間行動している。足が動かなくなる。50歩進んでは小休止。

だいぶ上の方を下山中の女性が、突然、転倒した。前転やら後転やら繰り返しながら、私に向かって突っ込んで来る。止めようとすると共倒れになるのだろうけど、よけるわけにもいかないし、一応止める覚悟を決めた。「ピッケル!刺して!」と叫んだら、ピッケルを刺し、3mぐらい前で止まった。オバサンは全然平気で、「ピッケルを刺そうと思ったけど、ピッケルを離してしまっていたので、止められなかった。落ちながら、ひもを引き寄せ、ピッケルを握り、刺した。ケガはない。」と、言っていた。50mぐらい滑ったようだった。

さらに雪壁が急になる。さらに足が動かなくなる。呼吸が荒くなる。10歩進んでは小休止。全然進まない。だんだん時間の感覚がなくなる。何分ぐらい歩いたのかわからなくなる。後から来た人が追い抜いていく。でも、登ろうとする気持ちはなくならない。もう少し頑張ろう、もう少し頑張れば着くよと、自分を励ます。あきらめてもいいはずなのに、穂高の神様に導かれるように、上へ上へと進む。白出のコルがすぐそこまでに見えてきた。小屋は見えない。

1500コル。ヒュッテからなんと5時間10分。最初は、なんと情けないと落ち込んだのだが、だんだん、5時間雪壁と格闘した自分が偉く思えてきた。よく頑張ったよね。朝6時前から行動したので、今日は9時間行動、頑張った。ここまで来れて満足。足が痛い。明日は、天気がよくなかったら、即下りよう。

小屋に入り、カレーライスを食べようと思ったら、昼食は3時までと断られた。カップヌードル400円。

雲が出てきて、夕日が見れなかった。

20人くらいの宿泊客。夕食後、皆さんで穂高岳山荘のdvdを見た。部屋は、その談話室の真上で、暖房の熱気ががんがんで熱かった。今日は、ひとりお布団1枚ずつ。昨晩は超混み合ったらしく、2人で布団1枚?。

☆3日目☆

■ 朝起きたら快晴。奥穂高岳アタックだ。気合いを入れる。緊張する。

夏場でも緊張するが、残雪期はさらに恐い。ちょっと前に、おひとり登っていった。前後に人がいない。ザックをデポして、600発。

手袋をし、ピッケルを持ち、アイゼンで登るのは、やはり夏場とは違い、動きにくい。

ハシゴでは、足下を確認すると、何百mもの下の涸沢がちらっと見えてしまって、思わず手に力が入る。「下を見るな」と、言い聞かせる。

雪面では、足下が滑るのではないかという不安が常にある。恐い。

雪壁は階段状にカットしてあったのだが、もちろん手がかりはなく、ピッケルのピックを雪面に刺し、それにしがみついて登る。こんなのは初体験。軽い命がけ。腰が引け、顔がひきつっているはずだ。

恐いのに、引き返そうとは思わず、ただ登る。奥穂高岳の神様に導かれるよう。

急斜面での狭い幅のトラバース。下を見ない。強風の中、ひとり。トレースはある。

稜線に出て、ちょっと左に曲がって、637奥穂高岳頂上。やったあ。祠にタッチ。標高差207m、所要時間37分。先のおひとりがいた。テント1張りあった。槍ヶ岳が見えた。上高地が見えた。八ヶ岳も富士山も見えた。

デジカメの電池がダウン。手でこすって暖め、起動後1秒で撮影、すぐダウン。その繰り返し。

風が強くて寒いのと、帰りにまたあの急斜面を下りなければならないのだという不安感に耐えきれず、即下山開始。648発。

数名とすれ違う。皆さん顔がこわばっているよう。

急斜面では、後ろ向きになって下りたり、おしりを雪面にするようにして下りたり、いろいろやった。登りよりは恐くなかった。一度通っているからか。

山荘が見え出す。顔がゆるむ。鎖場、ハシゴを下って、726穂高岳山荘。やったあ。無事下りてきた。やりました、興奮収まらず。

奥穂高岳登頂は、ただもう緊張した。残雪期の槍ヶ岳、厳冬期の八ヶ岳より、きびしかった。急な雪面を登る技術、気合いが必要。

740発。眼下に見える涸沢ヒュッテ目ざし、急な雪面を下る。登ってきた時は、明日こんな急な所を下るのかと心配になったが、あまり恐くなかった。

尻セードを試してみるが、スピードが出て恐い。ずーとこれで下る気にはなれなかった。

820涸沢ヒュッテ。登りに5時間かかった所を40分で下った。晴れ、風弱、暖かい。コーヒー300円。850発。

何もかも雪で埋まった涸沢を下る。すれ違い数人。

 本谷出合を通り、930本谷橋。橋は雪の中。登山道の一部の雪が溶け、地面が見えている。940発。

昨日私が通った、沢に沿った道は通行禁止。夏道を下る。

広々とした河原に出て、1030横尾山荘へ。涸沢ヒュッテから1時間40分。ここまで来れば、あとはもう平坦な道だけ。1100発。

1150徳沢。カレーライス800円。1240発。

登山道の一部が崩落。大型シャベルカーが修理中。川の浅い所を選んで、中州へ。再び、川を渡って、夏道に戻った。

1330明神。晴れ、風なし。観光客多数。1340発。

1425小梨平。山の神様、ありがとう。無事下山できました。

1530バスの改札。1600バス発。多少渋滞があったが、予定通り夜9時頃、新宿に着いた。

 ▲山へ行こう 残雪の奥穂高岳060504 

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